君待雪花(きみまちせつか)
◆旗投げ公演「どんどろ」の風景より◆
ーどんど村 村祭りの直前ー
村は、六年に一度の村祭りに向けてせわしない。
祭りの日には、火を目印に、旅に出ている愛するものたちが皆かえってくるのだ。
此岸のものも彼岸のものも、皆。
そんな中、ひとりの青年が、白昼に夢を見ている。
彼がまだ、少年といえる年の頃の記憶。
ーおんころころ おんこころー
子守唄の旋律を奏でる美しい少女に、
彼はなにごとか、ことばをかけようとする。
しかしその声は、彼女に届く前に、乙女の姿ごと木霊たちが攫ってゆく。
あとには、この村の一部始終をみつめ続けてきた言霊と、
若き村長となった青年の姿。
だれともなく、ことばが紡がれる。
「ことばを盗んだのが風だったか時間だったかはわからない。
台詞のない夢。
物語からかき消された、 それはきっと僕のための言葉だった」
「言葉は死んで砂になる」「死ねない言葉はなんになる?」
「ほんとうのことばは届かない。だけどそれでもかまわない。
これはぼくのための物語ではない。そしてそれがぼくの約束になった。」
「みとりきれぬことのはと」「うそをまもるゆびをきる」
どこからか、祭囃が聞こえて来る。
ー祭囃子の唄ー
さあさはじめよお祭りだ!
雪解け水は蜜の味 早く飲みたい今すぐに
彼岸桜がもえる頃 祭囃をはじめよう!
桜くらくら嵐をよんで 言葉遊びに花を咲かせて
ずっとまってたあなたの帰り かき鳴らしてよ今すぐに!
酸いも甘いも六年舐めた
全部まとめて宴やこら!
火のないところに煙をたてろ!
愛しき他人(ひと)が迷わぬように
野良百姓もお殿様も
うまれた時は丸裸!
「同じ人なら?」 「踊らにゃ損でしょ!」
酔いや宵やと朧の月夜
ひとり酒にはもう飽きたのよ
ずっとまってたあなたの帰り
早く飲みたい今すぐに!
夢も現も六年巡りゃ
鬼でも蛇でも無礼講!
火のないところに煙をたてろ
愛しき他人(ひと)が迷わぬように
偉い坊さんも盗人も
死なばもろともしゃれこうべ!
火のないところに煙をたてろ
見知らぬ君も迷わぬように
彼岸桜がもえる頃
祭囃をはじめよう!
御伽噺をはじめよう!
青年、本を捲り指でなぞる。
「だからこれから話すのは、忘れられるための物語だ。
この村の、本当の嘘の物語。
ことのはじまりは6年前、ことばのはじめは決まっている」
「今は昔のまたむかし、」 「今がいつかはしらねども」
「修羅の風吹く道の奥」「息づく村の言い伝え」
「どんどの森には、鬼が居る」
◆◆◆
※『どんどろ』:https://sippe60.amebaownd.com/posts/2584291?categoryIds=227815
そして明くる年、ものがたりは六年巡る。
真夏の最中、
秘密の蜜を吸った雪解け水を飲み干したら、
見知らぬ君のため、煙をたてる支度をはじめよう。
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