或る美しい夜の記憶

◆蟲喰い公演「ドグマンダラ」の風景より◆

村はずれの屋敷。

そこには、『現人神』として育てられる三人の少女と、

一人の不能の絵仏師の男がくらしている。

いずれ火の神に嫁ぐ運命の、うら若き乙女たちは、

それぞれが、生まれながらの不具であった。

十五を迎える明くる年、

火口へ身を投じることとなっている。

ー或る夜ー

傀儡子が、人目を忍び、彼女らの屋敷へ訪れる。

流浪の彼はこの地で、

ひとの世を知らぬままいのちを終えようとしている彼女らを知り、

心を痛めている。

とはいえ、彼に出来ることはそう多くない。

智慧や芸だけでは、村に根付いた信仰と秩序をつくりかえるには余りに無力だ。

贈れるとすれば、ただ、一夜の夢物語。

史実から零れ落ちた、現実よりも真実な御伽噺。

人として生を受けたなら、

何一つしらぬまま終えるのはあんまり、寂しいから。

「あなたたちと、遊びに来ました」

傀儡子は少女たちに、

旅の出来事やこの世のあらゆる事象について、面白おかしく語って聞かせた。

「あのこが瑠璃でね、あのこが柘榴。わたしは琥珀!」

「みなさんのなまえですか?」

「そう。あたしのはあたしの母さんがつけてくれたの。三人のときはそれで呼ぶの」

「みんなすてきな名前ですね」

「あなたはなんていうの?なまえ」

「申し遅れました。ウズメと申します」

「ウズメ?って、女の人の名前じゃないの?」

「私の姐さんの名前をもらったんです」

「なまえがなくなったら、そのひと困るんじゃないの?」

「ええ。でも、もう私以外呼ぶことはないので、こまらないんです」

「ふうん……きれいななまえだね」

「はい。それからこのこは、」

傀儡子は、男の形の人形を琥珀に渡す。

はじめてふれる【男性の身体】で遊び始める少女たち。

やがて遊びはふれあいに、ものがたりは詩になってゆく。

人形遊びをおえた腕をもたない少女ー琥珀は、

抱えきれない寂しさを打ち明けるように、伸ばせぬ腕を、傀儡子に伸ばす。

彼は、その瞳を受け止め、

ふたりのふれあいは、目合ひ(まぐあい)となってゆく。

明くる朝。

通いの女中がいつものように少女たちの部屋の掃除に入り、

ひとりの布団に血がついているのを見つける。

経血よりも鮮やかな赤。

―女中は、ざわつく予感から目を逸らし、痕跡が消えるまで丁寧に布団を洗った。

一部始終をみつめていた絵師は、

或る美しい夜の記録を、村に提出せず、懐にしまった。

◆◆◆

例えば其れが、ものがたりの上では悲劇に連なるとして。

戯言と呼ぶにはあまりに、

その夜、せかいは雄弁だった。

幾度やり直しても、乙女たちは、其のときめきを味わうことを選ぶだろう。

※『ドグマンダラ』https://sippe60.amebaownd.com/posts/4547779?categoryIds=227815

シッペの島

企画団体シックスペース公式website。 ことばの海に浮かぶ小島のような場所。

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